歴史社会学(史的社会学ではない、歴史意識の社会学)のための おぼえがき3

●歴史社会学(史的社会学ではない、歴史意識の社会学)のための おぼえがき1
http://d.hatena.ne.jp/MASIKO/20120928/1348802644

0.はじめに
 0−1.この「おぼえがき」の位置・意味
1.問題意識と方法論
 1−1.問題意識
 1−2.方法論
  1−2−1.歴史データに対する基本姿勢
   1−2−1−1.歴史データにおける文献至上主義への距離
  1−2−2.援用する社会学的分析の機軸
   1−2−2−1.防衛機制をはじめとした動機の推定
   1−2−2−2.属性による「プロファイリング」と、少数例へのめくばり
   1−2−2−3.科学社会学周辺の蓄積の援用
  1−2−3.前提とする社会学的周辺の分析手法
   1−2−3−1.比較対照
   1−2−3−2.時間的遡行(文脈解釈への警戒感と単純な因果関係理解)
   1−2−3−3.国民国家や国際組織、国際法などの自明性にもたれかからな
          い
 

●歴史社会学(史的社会学ではない、歴史意識の社会学)のための おぼえがき2
http://d.hatena.ne.jp/MASIKO/20121008/1349656522

2.「強制連行はなかった」論の再生産構造
 2−1.プロパガンダとしての「強制連行はなかった」論の心理的基盤

以上(いずれも「未完」)をうけて、以下展開する。


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2.「強制連行はなかった」論の再生産構造

2−2.「なかった」論批判の骨子と実証史家の責任

 結論的には、実証史学による「なかった」論批判は、基本的に結論に達しているとおもわれる。それをもっとも簡明にときあかしているのは、管見では、吉見義明『日本軍「慰安婦」制度とは何か』(岩波ブックレット No.784,2010年)である。

日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)

日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)

http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/2707840/top.html
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20111113/p2

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はじめに

I 日本軍「慰安婦」制度とは何か

II 五つの「事実」の検証
 1 強制はなかったか―第1の「事実」の検証
 2 朝鮮総督府は業者による誘拐を取り締まったか
    ―第2の「事実」の検証
 3 軍による強制は例外的だったか
    ―第3の「事実」の検証
 4 元軍「慰安婦」の証言は信用できないか
    ―第4の「事実」の検証
 5 女性たちの待遇はよかったか
    ―第5の「事実」の検証
 補論 女性たちは募集広告をみて自由意志で応募したか

おわりに―問題の解決のために

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 このブックレットは、「歴史事実委員会」(すぎやまこういち屋山太郎櫻井よしこ花岡信昭西村幸祐)が「慰安婦強制連行の証拠はない」という主張を『ワシントン・ポスト』(2007年6月14日付)に出した意見広告“THE FACTS”(ザ・ファクツ)に対する、もっとも簡明かつ包括的な反論である。同時に「はじめに」「I 日本軍「慰安婦」制度とは何か」という概論によって、問題の本質を平明に解析している。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/THE%20FACTS
http://ja.wikipedia.org/wiki/THE_FACTS
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E4%BA%8B%E5%AE%9F%E6%99%AE%E5%8F%8A%E5%8D%94%E4%BC%9Aウィキペディア歴史事実普及協会」)
http://www.ianfu.net/facts/facts.html
http://redfox2667.blog111.fc2.com/blog-entry-3.html
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/y/64/
http://lib21.blog96.fc2.com/blog-entry-82.html
http://dj19.blog86.fc2.com/blog-entry-104.html


 端的にいえば、いわゆる「慰安婦」問題を理解するためには、本ブックレットを熟読したうえで、既述の『「従軍慰安婦」強制連行はなかった』を検討し、必要なら、意見広告“THE FACTS”(ザ・ファクツ)の日本語訳/英文原文を参照して確認すればよいとおもう。そして、それは、いわゆる「慰安婦」問題にかぎらず、「なかった」論に代表される「歴史修正主義」全体がつらぬく基本的論理、というより「詐欺」ないしは「妄言」の構造が理解できるだろう。そして、その作業は、《「強制連行はなかった」論の心理的基盤》でモデル化したような、集団心理としての防衛機制歴史認識ガラパゴス化が、なにゆえうみだされ、いまも頑強に維持されようとしているのかを理解することに、やくだつだろう。
 この作業をおこなうことは、実証史学を自任する研究者の、悪意の有無はともかくとして、「なかった」論に加担する、ないしは悪用されやすい見解・論理が、事前にわかるという「ワクチン」となるという、おおきな利点をもつ。
 たとえば、『「従軍慰安婦」強制連行はなかった』にある、「元慰安婦の証言ですら、その後、秦郁彦千葉大教授……の検証で信憑性がないことがわかりました」といった断言。しかし、実証史学を自任する研究者の自己認識にユガみをもつことが、わかれば、「なかった」論の根拠は、もろくもくずれさる。さまざまな たちば・見解の著名な識者を大学のゼミによんで議論をかわすというこころみとして、大沼保昭・岸俊光[編]『慰安婦問題という問い』での、秦郁彦の発言は、以上のような作業をへたあとだと、信用ならないこと、吉見らの批判に到底「実証的」にこたえられるものではないことがわかる。

慰安婦問題という問い―東大ゼミで「人間と歴史と社会」を考える

慰安婦問題という問い―東大ゼミで「人間と歴史と社会」を考える

 たとえば、吉見のブックレットの「こみだし」を列挙していこう。

■日本軍人による記録・証言
■外国の公文書による強制の記述
■陸軍や内務省は厳重に取り締まっていたか
■植民地でも国際法の規定は守れたか
■軍「慰安婦」は「性奴隷」制度の被害者ではないか
■当時、公娼制はどこにでもありふれていたか
■軍「慰安婦」は将軍たちよりもたくさん稼いでいたか
■待遇はよかったか
■他の軍隊にもあったか
■軍「慰安婦」問題は「20世紀における最大の人身取引事件のひとつ」ではないか
■補論 女性たちは募集広告をみて自由意志で応募したか

 これらは“THE FACTS”(ザ・ファクツ)に対する疑念であり、すべて反証責任は、「なかった」論者たちがおうものであるが、秦の発言も、同様の疑義をぶつけられていることを意味することを、やはり「こみだし」の列挙でしめしてみよう。

●爆発した「慰安婦」問題
●問題の収束
●まず事実を確定すべき
●官憲の組織的な「強制連行」はなかった
●「慰安婦」問題はどの国にもあった

 「こみだし」だけでは、わかりづらいかもしれないが、秦のいいたいことは、《「慰安婦」は「性奴隷」制度の被害者ではない》し、《当時、公娼制はどこにでもありふれていた》のだから、悲惨な事実など「なかった」。《公文書による強制の記述》なども「なかった」のだから、韓国などからの批判に動揺する方がへんである。だから、実証史学によって《まず事実を確定すべき》ということに、つきるだろう。「なかった」論者たちが、よりどころにするのは、当然だ。
 しかし、秦ら「実証史家」をもって任ずる研究者は、吉見らの疑念に物証をもって全部こたえる責務をおっている。《証拠がないから、非難されるおぼえはない》という見解を擁護している以上、吉見らがよってたつ文書を史料批判によって全部否定しなければならない。
 すでにのべたとおり、「ある」と実在証明することは、困難であれ物証が「発見」されることで、それは可能である。しかし、「ない」こと(不在)の証明は事実上不可能なばあいがおおい。吉見らは、「なかった」論が事実上成立しえ「なかった」ことを物証をもってしめしている。秦らは、「実証史家」を自任する以上、世界中から、可能なかぎりの物証(それこそ「証言」ではなく)をかきあつめて、「日本軍や内務省などにやましいところは、ひとかけらもない」という、ほとんど不可能とおもわれる作業をしょっているのである。
 ひとことでまとめるなら、「北朝鮮による拉致事件のような形式での動員が文書として確認されないかぎり、政府による強制連行の事実はなかったとみるほかない」という「なかった」論は、吉見らが実証しているとおり、業者が軍当局によって選定されていること、インドネシアでのオランダ人女性たちのケースなど、到底成立しえないものである。
 それは、2000年代にはいって、たくさんの類書がでることによって、一層包囲網がせばまったのであり、秦ら実証史家は、その責任をすぐにはたすべきである。

ここまでわかった!日本軍「慰安婦」制度

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司法が認定した日本軍「慰安婦」―被害・加害事実は消せない! (かもがわブックレット)

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「慰安婦」問題が問うてきたこと (岩波ブックレット)

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日本軍の性奴隷制―日本軍慰安婦問題の実像とその解決のための運動

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告発“従軍慰安婦”

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沖縄大江裁判・靖国・慰安婦・南京・フェミニズム 現代史の虚実

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オランダ人「慰安婦」ジャンの物語

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【2012/11/01加筆】
 さらに、もう1冊わすれるべきではない歴史的文書がある。「若手国会議員による歴史教科諸問題の総括」という副題をもった、「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」による『歴史教科書への疑問』(展転社1997年)である。ちなみに「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」は、「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」へと組織がえをし、主要メンバーには物故者もいる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%89%8D%E9%80%94%E3%81%A8%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E6%95%99%E8%82%B2%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%81%AE%E4%BC%9Aウィキペディア日本の前途と歴史教育を考える議員の会」)

 すでに、15年まえの文書であるものの、自民党タカ派議員たちの見解・論理、政府関係者の見解・論理、保守派大学人の見解・論理、教科書出版社の姿勢が、如実にでている。左派系の代表として講師役をつとめた吉見義明の報告と議員たちのあいだでの応酬もふくめて、おそらく15年後の現在も、姿勢の対立・布置関係におおきな変容はないのではないか? もしそうだとすれば、いま一度真剣に、本書の再検討がなされねばなるまい。
 「中古でないと買う価値はない」「途中で読むのが嫌になってしまった」(http://d.hatena.ne.jp/abekan/20120901/1346513698)といった正直な印象をのべる読者がでるのは、しかたがないが、これは「なかった論」をめぐる記念碑的文書であり、「東大話法」(安冨歩)などの知見などをまじえながら、詳細に再検討が必要な文献というべきである。欺瞞的論理の構造ばかりでなく、モラルハラスメントが悪循環をひきおこし、「攻撃者との同一視」の際限ない不毛なきずつけあいをくりかえすだろうリスク要因としてである。

原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―

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ハラスメントは連鎖する 「しつけ」「教育」という呪縛 (光文社新書)

ハラスメントは連鎖する 「しつけ」「教育」という呪縛 (光文社新書)

自我と防衛

自我と防衛

 本書は、この文書の内実が重要だということにとどまらず、東アジアでの歴史認識問題の浮上と連動して、日本のタカ派議員たちの動向がどのようなものかを鮮明に象徴するカガミである。民主党の「慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」と同様、2007年の一連の騒動でも、「なかった論」のめだった政界のうごきなのであり、5年まえ、15年まえと、どうタカ派議員が活躍し、自治体の教育委員会が採択する歴史教科書の動向とどう連動しているのかもふくめて、関係者と論理の双方についての詳細な整理・批判がもとめられるとおもう。自民党民主党が今後政局のなかでどう変容・離合集散していくのかは、さきがよめないが、いずれにせよ、これらタカ派議員たちや、その後継者が当選し、一定の政治的位置をしめること予想されるわけだし(安倍晋三もと首相の、自民党総裁としての復活劇などもふくめて)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%95%8F%E9%A1%8C%E3%81%A8%E5%8D%97%E4%BA%AC%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%82%92%E6%A4%9C%E8%A8%BC%E3%81%99%E3%82%8B%E4%BC%9Aウィキペディア慰安婦問題と南京事件の真実を検証する会」)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD%E4%B8%8B%E9%99%A2121%E5%8F%B7%E6%B1%BA%E8%AD%B0ウィキペディアアメリカ合衆国下院121号決議」)

 



【かきかけ】