社会学A(中京大学2016年度)質問回答補遺12

◇「p.74注23にあるように、複製技術の伝統は食糧生産だけではなく、服飾文化や住宅文化にまで広がっており、先例の複製を無視した完全な発明・独自性などはありえないとあるが、この状況が続くことによって、代々受け継がれてきた文化などはすべて失われていってしまうのか?」:■まず、数百年レベルで植林を計画し、20年ごとにくりかえされる伊勢神宮式年遷宮を技術継承の世代交代単位としているらしい宮大工らのリクルートシステム・ネットワークとか、短歌や茶道など伝統芸能の継承など、さまざまなミーム(meme)が体系的に継承されています。たとえば雅楽など、およそこのんで享受する人口などごくわずかとおもわれる芸能でさえも、政府などの保護があれば、存続させることは可能なのです。■もちろん、国家権力やエリートの血族集団などの強烈な意思がはたらかない領域は、数百年もの歴史が一挙にとだえることもあります。たとえば、アイヌ語は継承語として保存されているものの、生活語/第一言語としての利用は、明治政権以降の蝦夷地の植民地化や公教育などの圧倒的な圧迫の結果きえてしまいました。

■さて、問題は質問の「この状況」が、具体的には一体なにをさしているかです。■グローバル化の加速化などの、昨今の状況でしょうか?
■たとえば、(広義の)日本語という言語文化をとりあげるなら、講義中/プリント内で何度もくりかえしたように、そして『社会学のまなざし』pp.111-2でのべたように、百年内に消滅することはかんがえづらいでしょう。1億人をこえる文化市場は巨大であり、地理的空間が極限されていても、強烈なガラパゴス空間として、「世界標準」がおおいかぶさってきても、一掃されることはなさそうだからです。英語以外に10の1億人超の大言語がありますが、これらも同様です。■一方、百万人の話者をもたない言語は、急速に不利になっています。ネット空間の定着と航空機などによる大量高速輸送が、ヒト/モノ/コト/情報/資本を世界中にかけめぐらせるからです。わかものを中心に大言語へと、日常言語をシフトする層が今後激増しそうだからです。実際、アイヌ語琉球諸語の話者が激減したことなども、わかものを中心に出生地から遠方に移住し、第一言語がことなる地域の人間とつきあい、家庭をつくり次世代をそだてるという、地域文化にとっての人材流出の産物です。わかもの、特に、わかい女性をひきとめるだけの経済/文化を確保できてこなかった過疎地の言語文化/生活文化は、存亡の危機にあります。「危機言語」は、少数民族の経験する第一言語の劣勢化問題に限定されるものではなく、過疎地一般にもあてはまることなのです。■たとえば、継承不能かもしれないといわれている、沖縄県久高島イザイホーなども、人材が流出していくという、都市化/グローバル化のもと回避が困難な社会変動の産物といえます。■少数民族、特に先住民族は、文化継承の意識が非常に重要となっています。アイヌ民族儀礼としてイオマンテとか、沖縄県が条例をさだめて「しまくとぅばの日」などは、以上のようにのべてきた文化継承の典型例といえます。

■みなさんは、「絶対のこしたい文化」をもっていますか? 「いずれは出身地にかえって、地域文化を継承したい」とかんがえる故郷がありますか?
■ちなみに、ましこ自身は、「故郷喪失者たち」の典型的なひとりです。

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